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 将来に対する明るい希望が見えるのと、見えない状況。

 団塊の世代周辺の人が若かったとき、大半の若者にとって未来は明るかった。
年を重ねるだけで給料が上昇し地位も向上してゆくと、少なくても信じることがで
きた時代だった。

 仕事上のストレス、人間関係のわずらわしさは、昔だって同じようなものだろう。
また、仕事が豊富にあったことで、肉体的な大変さはむしろ当時の方が酷な面
もあったに違いない。

 ただし人間という生き物は、この将来への「希望」というものに大きく影響され
る。

 どれだけ仕事が辛かったり、人間関係に苦しい面があっても、今を少し頑張って、
将来は良くなると信じることができるならば、毎日上を向いて歩くことができるので
はないだろうか。

 さらに、今が良くても将来が暗くなるのがわかると、働く気力、生きる活力が失
われてゆくのではないだろうか(少なくても個人的にはそう思う)。

 究極的に言って、「自分の将来は明るくなる」と信じることができれば、その事
実に関わらず、当の本人は「今」を明るく生きられるはずだ(安易に会社を辞め
たりする必要はなくなる)。

 もちろんその場合は、現実が突きつけられた時点で当惑してしまうわけではあ
るが(民間に勤める団塊の世代が、突然リストラや給料カットを知らされたように)。

 上記の究極的な例は除外するにしても、やはり多くの点で希望が見えにくくなっ
ている現在、若者が「今」を前向きに生きるのが難しくなっているのは当然だろう。

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